研究のアイデアをストックする――知的生産の技術とツール

前項では、自分の設定した研究テーマにアプローチするための方法について具体例を挙げて説明しました。

研究活動を進めていくためには、自分がその研究テーマのどの部分にどのような疑問を感じるのかを明らかにした上で、その疑問を解消するためにはどのような方向で研究を進めていけばよいのかを考えていくことが大変重要です。

そのためには、このような研究上で遭遇する分からないことや疑問点について常日頃から考え続けることが必要ですし、たまたま思いついたアイデアがその疑問を解消するためのヒントになってくれることも多々あります。

今回は、みずからの思いつきやアイデアを研究テーマにつなげていくための具体的な方法についてご紹介していきます。

「思いつき」や「アイデア」が研究のヒントになる

研究活動を行う上では、自分が研究テーマに対して抱く疑問と正面から向き合うことが非常に大切です。

そのため、研究者というものは常日頃から自分の抱える研究テーマを無意識に考えていることがほとんどですし、実際にそのように研究テーマを意識して生活をしていると、普段のちょっとした思いつきやアイデアが自分の研究にとって考察や分析を進めるための重要な手がかりになってくれることも出てきます。

たとえば、前項でも取り上げたように、私は新聞の「見出し」を研究テーマにしており、当然その特徴を考えるためには見出しだけでなく新聞全体のことについても考察の対象に入ってきます。

それで、新聞の紙面とその特徴についていろいろと考えをめぐらせていたのですが、あるとき「そういえば、新聞って目で読むメディアなのに、なんで『新聞』という言葉には『聞く』という聴覚的な語句が入っているんだろう?」という疑問が出てきたのです。

本当に素朴な疑問ですが、今の新聞のルーツにはもともと「声」や「音」という要素が含まれていて、それを「新しく聞く」から「新聞」と表現するようなことがあったのかもしれないという研究にひとつの方向性を与えるような仮説が生まれたのです。

実際、このことについて調べてみると、現代の私たちが知る新聞は明治期以降に発達した「小新聞」(こしんぶん)というものが元になっていて、このタイプの新聞が誕生した当時は識字率の問題もあり、全員が新聞の文字を読めるという状況ではありませんでした。

では、市井の人びとがどのように新聞の情報に触れていたのかというと、文字の読める人が新聞の内容を実際に声を出して読み、その人の周りに人びとが集まってその声を聞いて内容を理解するということが一般的だったのです。

また、みなさんもご存知の「読売新聞」という新聞社がありますが、この「読売」は街頭に立って新聞を販売する売り子がその日のニュースの内容を声に出して「呼び売り」をしており、そこから「読み売り新聞」という名称になったという経緯があります。

このように、最初は本当に単純な疑問でしかなかったことですが、それを手がかりとして実際に調べてみると、新聞にはもともと「声」や「音」という聴覚的なメディアの側面があったことが分かり、そうなると、見出しの「大きさ」はその「声」の大きさを視覚的にあらわしたものではないかという次の段階へのアイデアや仮説にもつながってくるわけなのです。

「情報カード」を研究に活用する

以上は私の経験談ですが、日頃からこのような気づきやアイデアを逃さないことがみずからの研究を進めていく上ではとても重要になってくるといえます。

ですので、私が研究活動をしているときには、普段からアイデアが浮かんだらそれをすぐにメモが取れる状態にして生活をしていました。

その際に使用していたのが「情報カード」というB6サイズの紙のメモで、これは梅棹忠夫がその著書『知的生産の技術』で紹介した「京大式カード」とも呼ばれているものです。

次の写真に映っているのが私が実際に使っている情報カードで、この紙にいろいろな研究上のアイデアを書き留めていきます。

この情報カードは普通に文房具店などで販売されているのですが、これは私が自分で作成したものになります。

私の場合はメモの中に図などを描くことも多かったことから方眼紙の罫線が両面印刷されている情報カードが欲しかったのですが、一般に販売されているものを試したところ、罫線の色が濃かったり紙が硬すぎたりして使いにくかったので、自分でエクセルに方眼の罫線を作成して両面印刷をしてから裁断し、それをパンチで穴を開けてB6サイズのバインダに綴じて持ち運べるようにしています。

ここに自分が研究の中で思いついたアイデアや事柄をタイトルとして記入し、その下のスペースにその内容を書き込んでいきます。

ひとつのカードにつきひとつのアイデアを書いていく感じですが、カードに書いた内容を後で見返したときにさらにそこで気づいたことがあれば追記することもあります。

また、研究をする上ではそれに関連する書籍や文献を読むことも必要となりますので、そのときの読書メモとしてもこの情報カードを使うことができます。

読書メモとしては書籍や文献を読んだときに思いついたアイデアを書き込んだり、引用として使えそうな部分を抜き出したり、読書の際のメモを書いたりするなど、これについては人それぞれの使い方があると思います。

さて、このカードは書いてそれで終わりなのではなく、書いた後に複数のカードを机の上に並べてみてアイデア同士に何かつながりがないか、そこから大きなテーマが浮かび上がってこないかなど、思考をさらに発展させていくために使います。

私が先に挙げた新聞と見出しに関する仮説・考察は、まさにこのカードに書きためてきたアイデアや気づきをメモした情報カードが元になっているわけです。

自分のアイデアや発見を「研究」につなげていく

本サイトで何度もお伝えしているように、「研究」は自分の疑問や問題意識からスタートするものです。

よく言われることですが、ある問題を解決しようとするときには、まず、その「問題」が何かを明確にしないとそれに対する解答を導き出すことはできません。

特に、研究の場合は自分の抱いた疑問や問題意識がその端緒となるため、その問題の姿と形をみずからの手で具体化していかないといつまでたっても先に進めないということになります。

その意味でも、今回取り上げた「アイデア」や「気づき」を自分の研究テーマに近づけていく努力が普段から求められるといえるでしょう。

最近では情報カード以外にもスマートフォンで使えるメモをするためのアプリなどもいろいろありますので、みなさんに取って使いやすいものを探して使って頂ければと思います。

ただ、手を実際に動かして紙に「書く」ことには思考をうながすはたらきもありますので、アナログながらも私はペンを使って書くということを行っています。